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同窓会報 第五号 『沖縄の海で学んだ「魚や貝の毒化の不思議」』 東北大学名誉教授 安元 健

城岳同窓会会報 第五号


沖縄の海で学んだ「魚や貝の毒化の不思議」

恩賜賞・日本学士院賞受賞 東北大学名誉教授 安元 健

1.発端
那覇高校3年の夏休みに伊平屋島の海で遊びました。島の漁師はとても親切で、海の生物にまつわる面白い話しをたくさん教えてくれました。その中に、魚を 食べて「酔う」という、奇妙な中毒の話がありました。その内容は次のようなものでした。

鮮度の良い魚を煮て食べても「酔う」のだから、細菌性の食中毒ではない。魚に当たったとは言わずに、「酔う」と表現するのは、全身がだるくて節々の痛む 状況が、二日酔いに似ているから。さらに、水に触れると痛みを感じる特徴があり、重症者では、脱毛や麻痺も見られる。中毒する危険性の高い魚は、ウツボ、 フエダイ、ハタ類だが、それ以外の多くの種類でも中毒の可能性がある。島を囲む多数のリーフの中で、特定のリーフの魚に中毒の危険性が高い。有毒なのは数 百尾の中の1尾程度であり、外見で毒の有無を見分けることはできない。

大学進学後に、この話について調べたところ、この中毒は世界の熱帯・亜熱帯地方で広く発生し、専門用語では「シガテラ中毒」と呼ばれていることを知っ た。中毒原因となる魚は、数百種にも及び、毒性には大きな個体差と地域差がある。コロンブスの新大陸発見後にカリブ海を経由する船の乗組員が、現地の魚を 食べて中毒する事件が多発し、広く知られるようになった。年間2万人から6万人の患者があり、自然毒(細菌汚染でない)による食中毒としては、世界最大規 模である。

このようなことから「酔う魚」に興味を覚え、大学在学中の春休みに沖縄本島各地の漁協で中毒発生状況の聞き取り調査を行った。その際に作成した調査メモ が教授の目に止まって沖縄での調査研究が開始され、その後、海洋生物毒の研究に打ち込むことになった。

2.さんご礁の魚が毒化する仕組
まず、本来は無毒な魚が毒化する仕組み、そして、毒本体の化学構造の解明が最優先の課題であった。1970年代に仏領ポリネシアで中毒が多発したので、 世界保健機構(WHO)から、解決に向けて研究指導を行うよう要請された。タヒチ島所在のパスツール研究所支所に滞在し、まず、シガトキシンと呼ばれた原 因毒が、渦鞭毛藻と呼ばれる単細胞微生物によって生産されることを発見し、この毒が食物を介して魚に蓄積される仕組みを明らかにした。毒の化学構造決定の 研究は、材料となる有毒試料を集めるのが最初の難関であった。約10年をかけて集めた4トンの魚から、0.35mgの毒を精製し、1989年にはこの微量 試料で構造を決定した。当時としては画期的な成果であり、コロンブス以来500年の謎が解けたと評された。構造を決定したもう1種の毒で、マイトトキシン と名付けた成分は、これまでに発見された天然の有機化合物の中では、最も大きく、最も強い毒性を有し、最も複雑な構造を持つ化合物として有名である。

3. フグが毒化する仕組
沖縄産の魚の毒性を調べた際に、サザナミヤッコやナンヨウブダイなどのフグとは無縁な魚の内臓に、微量のフグ毒(テトロドトキシン)が存在することに気 づいた。フグ毒はまた、沖縄や世界の熱帯地域で中毒原因となるオウギガニ類からも検出された。上記の魚やカニは共通して、石灰藻と呼ばれる、表面を石灰質 で覆われた海藻を食べている。そこで、この石灰藻が毒の起源であろうと推定して、調べた結果、予想通りにフグ毒が検出された。しかし、石灰藻のフグ毒含量 は、採集の時期や地域によって大きく変動したので、さらに、付着生物の可能性を想定して調べたところ、海藻付着細菌がフグ毒を生産することを突き止めた。 この発見をきっかけにして、フグ毒はフグではなく細菌によって作られ、食物連鎖を介してフグに蓄積されることを明らかにした。

4.水泳中の児童の皮膚炎とカメの毒
金武湾で泳いでいた児童が、水中に浮遊していた「らん藻」に触れて、皮膚に炎症を起こす事件があった。一方、数十年も昔、先島地方でカメを食べて死者が でる事件があった。1990年代には同様のカメ中毒がマダガスカルで多発し、その解明を依頼された。その結果、石垣島とマダガスカルのカメ中毒の原因毒 は、金武湾で児童に皮膚炎を起こした「らん藻」の毒と同じ成分であった。その後、らん藻起源の毒による食中毒は、カメではなく、オゴノリなどの海藻を食べ ることによって広く起きていることを明らかにした。

5.迷宮入りと思われていたミズン中毒
非常にまれではあるが、ミズンを食べてヒトが死亡することがある。毒化の仕組みや原因毒は、全く解明されていなかった。フィリピン、マダガスカル、ブラ ジル、沖縄での経験から、原因毒は腔腸動物のイワスナギンチャクから発見された猛毒のパリトキシン類であろうと推定し、分析によって証明した。さらに、イ ワスナギンチャクそのものも毒の生産者ではなく、真の生産者は渦鞭毛藻であることを突き止めた。この渦鞭毛藻は、沖縄でも一般的に見られる。海洋が汚染さ れると増殖するので注意が必要である。

6.二枚貝の毒化の仕組
宮城県の三陸海岸で休暇を過ごした際に、ムラサキイガイ(ムール貝)を食べて下痢をした。原因毒を突き止めて見ると、沖縄産の渦鞭毛藻、 Prorocentrum limaが生産する毒と同一成分であった。下痢性貝毒と名付けたこの中毒は、ヨーロッパをはじめとして、世界の各地で発生す る。下痢性貝毒解明をきっかけとして、世界各地の研究者と共同研究を行い、さらに多数の貝毒や、その原因となる植物プランクトンを発見することとなった。

以上のように、恩賜賞・日本学士院賞の受賞対象となった研究には、沖縄と関係の深い項目が多数含まれていますので、ご紹介致しました。

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